魔境の経験
魔境という言葉をご存知だろうか。
仏教用語で、禅の修行者が中途半端に能力を覚醒した際に陥りやすい状態で、意識の拡張により自我が肥大し精神バランスを崩した状態のことを指す。(wikiより)
自身の経験に照らし合わせて分かりやすく説明すると、精神的肉体的に負荷をかけること(苦行)の末、トランス状態(自己催眠)に入り世界の真理を知ったように感じることである。
ここで言う「知る」とは感覚的な事であり論理的に語れるものではない。あえて説明するのなら「運命の流れ」を掴めて自分が何をすべきか分かる。という所だろうか。
そしてこれが本物の悟りではないことの証明として、全能感から自身の考えが必ず正しいと考えたり、思考と直感を重視するあまり必要な社会生活を放棄してしまう。(僕の場合は浪人受験を放り出しかけた)
ギヴァーとテイカーについて
最近Giver,Takerについて思うところがあったので備忘録として書こうと思う。
ギヴァー・テイカーとは組織心理学にて提唱された言葉であり、人間の思考と行動を分類したとき、「ギバー」と「テイカー」に分けられるというものだ。
ギヴァー(giver)は利他の精神が強く、見返りがなくともなるべく他人に手を差し伸べる人、相手の意図をくみ取ろうとする人であり、一般的に「優しい人」といえるだろう。しかしそれ故に損をすることも多い。
対してテイカー(taker)は自分を中心に物事を考え、自己の利益を優先する人である。こう書くとさも悪い人のように思えるが、人間もまた生物であり、競争社会で生きている以上は自然な思考ともいえる。
またあからさまなテイカーというのは少ないように思う。彼らは無意識に無自覚に、自分を立ててくれそうなギヴァーにだけテイカーな態度をとる。
で自分はどちらかなのかというと、完全にギヴァーである。困っている人は助けよう、友達には楽しいと思ってもらおう。競争することが嫌い。
そんな人間だ。さして親しくない人や同じギヴァーとはうまくやっていくが、それなりの関係があるテイカーには譲歩してストレスを溜めがちである。
今になって思うと、私が聞き手に回りやすくギヴァーなのを見抜いてか、度々テイカーが寄ってくることがあった。こちらの話は話半分に聞き、テイカーは持論や自慢話を垂れ流す。
それを私は「相手が楽しく喋ってくれるなら」と容認していたが、やはり精神衛生上よくないと最近気づいた。
このギヴァー・テイカーについて考えるきっかけは、内定者懇親会でのグループワークを通じてだった。
今まで私は大学のグループワークに於いてリーダーとして一定の成果を上げてきた。だが意見を纏められたのは他のメンバーが消極的であったためであった。
内定者どうしのグループワークとなると、それぞれが成果を上げようとしてイニシアチブを取ろうとする。私はその中に於いて意見を通す手法を学んでいなかったのである。
彼らは意識高くディスカッションするが、私の意見は尊重されなかった。そして立派な口を利いた割に発表ではダンマリな人が何人も。
確かに私は軽薄そうに見られることも多いが、真面目に自分の意見を考えている。知識や経験もそれなりにある。
なのに何故評価されない?
と不満を募らせていたのだが、当然怒って和を乱すわけにはいかないので抱え込むしかなかったのである。
しかしこの失敗を熟考した上で「他人になめられる人」について学んだところ、自分の態度の問題だと気が付いた。
自分が競争の場を避けてきただけで、同期のライバルとしてマウントを取り合うのは珍しいことでもない。(特に男なら)
とすればやるべきことは自分を尊重してくれないメンバーについて愚痴を垂れるのではなく、自分のリーダーシップを磨くことである。優しいだけでは社会では評価されないし人助けもできない。
詳細に言うと、誰にでも優しいと優しくない人に搾取される→助けを求めている人に優しくする余裕がなくなる(或いは無理をする)ということで、ある程度自己防衛しないと優しさを発揮できないのである。
「なめられる」などというとくだらない見栄の張り合いのように思えるが、威厳がなさすぎるのは確かに問題なのである。
ではどうするべきか。これはネットで得た知識と自身の経験を合わせて思考したものである。
①自信を持って堂々と話すこと
基本にして全てである。もちろん私は自分に自信を持っているほうだ。しかし謙虚こそが美徳という考え方から、リーダーを任されない限りは相手におもねることが多かった。
しかしグループを成功へと導きたいのであれば多少過剰でも自信満々な態度をとることも必要なのかもしれない。
具体的には1.通る声でゆっくりと 2.ハキハキと 3.落ち着いた声色で
話すということである。
みんな成果をあげたいが失敗の責任は取りたくないのだ。であれば責任を持つと宣言することにより大きくリーダーシップをふるうしかない。
②安易に同調しないこと
意見を否定されたり無理な要求をされたときにヘラヘラしていると、みくびられて以降まともに意見を聞いて貰えなくなる。しかし対立する訳にもいかない。
ではどうするか、沈黙で返すのである。無表情で反応は小さく。もちろんこれで自分の意見が通る訳ではないが、侮られて議論から疎外されることはなくなるだろう。
そしてこの「舐められるな」という考え方は職場では勿論、男女間でのコミュニケーションに於いても役に立つのではないだろうか。
また別の話になるが、学生時代のLINEを振り返ると、自分は結構友達にあっけからんと話し、リアルとは違って文面上のコミュ力はあったように思う。しかしまぁー女の子とは縁がなかった。
だがよく考えると、女子相手にもそれこそ仲のいい友人に送るように
こんなことあったわー、とか。これ面白くない?どう思う?
とかたわいも無いことから始めて送ればよかったのではないだろうか?
これにちゃんと返信をしてくれる人がどれくらい居るかは分からないが、まず無視されたり超適当な返事しかされない場合は関係値が築けてなさすぎるので当分放置である。
で返事が返って来た場合は当然話をするのだが、ここで大事なのは無理に会話を続けないことである。話題無くなったなーとか反応薄くなってきたなぁと感じたらメッセージを止める。そしてまた数日後とかに別の話題があったときに会話を振るという感じだ。
この繰り返しで少しづつ関係値を築いていく。固執しないとネットの恋愛記事が謂っている事はこういうことではなかろうか。会話のハードルを下げていくことで相手から話してくれることも期待できるかもしれない。
文面だからこそできる深い自己開示をして信頼を得るのも有効だろう。
尤も、連絡先を交換できるだけの最低限の出会いがなければ成り立たない話ではありますが(笑)
大人になる私への戒め
社会人になり、忙しくなることで「悩む」時間がなくなるのが怖い。
「社会とは、人間とは、自分とは」そうやって思索に耽ることで得られたモノがある。だからこそ語れる言葉が同じはみだし者の誰かを救うことが出来ると思うから。
もちろん不感症の大人として普通の幸せが欲しいという矛盾する気持ちもあるのだが。
A先生が言うには「わき目を振らず働け、その中での悩みもまた観察対象だから」ということだ。ごもっとも。
とまあ来年から一般人として働くのだが、いつか社会不適合者として人生を振り返り考えることを忘れないために、ここに記しておこうと思う。
トー横レポート
2024年2月~3月
ーー冒頭、僕の想いーー
最初は好奇心のつもりだったが、想像を絶する彼らの事情を知って、彼らを助けたいと思った。僕が恩師に救われたように、誰かを救ってみたかった。
誰かを救うことで自分の心の穴を埋めているとしても、それでいいじゃないか。
根本的な解決にならないとしても、話を聞いてあげて楽にしてあげたかった。それができたつもりだった。
何が悪かったのだろう。彼と彼女はもう答えてくれない。後悔は取り返しがつかないから後悔なのだ。
「逆効果を恐れては誰も救えない」というのが信条だが、結局引っかきまわして悪影響を及ぼしただけだったのか。やはり彼らは答えてくれない。
仲良くなった彼には、連絡はつかないがブロックはされていない。希望はあるのだろうか。
彼ら彼女らには、犯罪はいくらでもしていいが薬とカウンセリングは続けるようアドバイスしたが、ちゃんと従ってくれるだろうか。いやたぶん従ってくれない。
僕はGTOという漫画が好きで、最近の弱いものいじめする不良と違い、ワルだが仲間には情の厚いヤンキーに憧れていた。しかし問題が複雑化した現代の少年少女には鬼塚先生のような力技は通用しないらしい。或いは単純な僕の力不足か。
一つ言いたいのは彼らは決して悪人などではない。単に正しい大人が周りに居なかっただけであり、社会悪の被害者でしかない。
願わくば、この記事を見た人々が彼らに少しでも興味を持ち、助けてあげようと思うことを願うばかりだ。
そして彼ら彼女らの幸福を心から、心から祈る。
ーー私の調査ーー
大学で社会学を学んでいる関係上、最近私は夜の街をフィールドワークします。バー、クラブ、ホストに行き、次は歌舞伎町をネットから調査しました。
私はまずツイッターで無差別に界隈民(トー横キッズは界隈民と名乗る)30人ほどにDMを送りました。2割ブロック、5割無視、2割メッセージ、1割通話というところ。
一人心を開いてくれた解離性同一障害の中学生の男の子がいて、裏アカウントを教えてくれ、3時間通話した子がいました。最初は楽しい雑談でしたが、彼はODやリストカット、家庭環境、不登校、障がいについて教えてくれました。
そして来月大阪で会おうとまで向こうから言ってくれました。
しかしその後「死にたい」と書いて通話が途絶える。心配してメッセージを送ると、
死ねなかったことと僕との関係を断つメッセージがあり、音信不通になりました。
彼らは「死にたい」と口癖のように言いますが、界隈民曰く「構ってちゃん7割・本当に死ぬレベル3割」というところらしい。
「トー横の人って仲間死にそうとか心配ならんの?」と聞き最終的に喧嘩になってしまった界隈卒の20代後半の女性は「それは自由だし、止めて関係性崩れるの嫌」、「家庭環境が原因だから私たちがどうこうできるもんじゃない」と言っていました。
また一番長くメッセージした女の子は、子供のころ虐待と親兄弟の自殺があり、里親に育てられながら未成年売春や人間関係のトラブルを繰り返していました。その後ラインを交換して通話する仲になります。
しかし結局ブロックされました。本名まで教えてくれたのにです。界隈に行った翌日にブロックされたことから、仲間うちで何か言われたのかもしれません。
その子も中学生で、単純に交遊費のための売春であり、年上のホストと純粋な付き合いをしていたようですが、界隈にはリアコシステムというものがあり、ホスト等が女の子のメンタルケアをする代わりに金を貢がせるというものがあります。
男も女も仲間同士でメンケアをすることはあるそうで、深く立ち入りはしないものの助け合いの文化はあるようです。
最初は犯罪は悪だと決めつけていたのですが、彼らの壮絶な事情を考えるとそれも仕方ないように思えてきました。
トー横という居場所を奪っても、よりアンダーグラウンドで危ない世界に行ってしまうだけです。
なので軽度な自傷や犯罪はいいが、自殺などはせず精神薬を飲みつづけるよう提案しました。
案件(パパ活)は「健全(食事など)」で数千円、「大人(セックスあり)」で1.5万から2.5万円と彼女に聞きました。とても安く感じますが、普通に稼げない彼女らにとっては多いのかもしれません。もはや彼女が同意しているなら、よりアングラな稼ぎ方よりはいいのかもしれません。ただ金銭感覚が狂うのは不安ではあります。
他に通話したのはモテテクニックを売りつつ、女のヒモをしてる男、そいつに憧れた荷物持ち男。
無視やブロックも多かったものの、2人も裏アカウントを教え通話してくれ、我ながらうまくいったなと思ったのですが、ポイントは安い同情などせず、どんなことを話されても偏見せずフラットに聞くこと。相手が自己開示してくれたら、感謝を伝えること。心から共感し話を聞くこと。楽しく話すことです。
ここまで言うとテクニックっぽく思えますが、全て僕の本心であり、人徳ということでしょうか(笑)
ただし界隈では「自分語り」は嫌われるそうで、普段人と仲良くなるときは自己開示をして信頼を勝ち取る私としてはなかなか苦労しました。
私の人生を話し、若干返報性の原理を使ってしまったのですが、それで心を開いてくれた子は、私なんか相当マシなくらい壮絶な人生でした。
メッセージとしては、最初は勿論礼儀正しく→笑いを取って段々砕ける→「俺は無神経だぜ、偽善者だぜ?」と名乗りながら相談を引き出すためガンガン突っ込む。というとこだったか。あとは一人仲良くなると、その人の話題で他の人とも仲良くなれました。
しかし最終的に彼らの多くは私を拒絶しました。彼らは一度心を開いても、決して人間を心から信頼しないのかもしれません。
また村社会であり、彼らは他の界隈民の話題を出すと必ず知っていました。
しかし全てが闇という訳でなく、ライトなまま卒業できる子、「管理者」という界隈の秩序を守る、手は染めているが優しい子も存在します。
また逮捕と不審死がニュースで取り上げられた、いわゆる「トー横のハウル」を知る人もいて、「出禁」などの対応でトー横の治安を守っていたようです。
そして彼の逮捕後「オウリーズ」というトー横の防犯ボランティア団体が作られ、私は接触できませんでしたが、メディアの取材を受けているようなので、実在はするかと思います。
ここからは
この動画で見た情報ですが、tiktokなどで楽しげな動画を見た子供たちが、家庭環境の不和、障がい、不登校などに嫌気がさし、全国から歌舞伎町に集まってくるようです。実際私も長野から通っている子と出会いました。また若い子では小学生ですらトー横にくる子もいるという。
そして彼らに裏社会の大人が目をつけて搾取し、深い闇へと落ちてしまう子もいます。
また彼ら彼女らが界隈を「卒業」しようとしても、界隈民同士がトー横に来るように誘い、自らの寂しさを埋めるために仲間を沼から出させないという悪循環が起きている気がします。
また動画では、ネットなどで面白がってトー横を安易にコンテンツ化し、子供たちに興味を持たせる者の罪も指摘されていました。
そのほかにも重要な分析がいくつもされているので、是非見てください。
私が知りえた情報は以上です。
あとこの作品は取材に基づいたリアルな歌舞伎町を描写しているのでお勧めしておきます。
「明日、私は誰かのカノジョ」
文明の維持とは
第二・第三次産業は物質をモノに変えたりサービスで文明を保つために必要である。人々はそれに金を払いその富は必要経費(土地代、エネルギー利用代、人件費など)と利益になる。しかし利益の部分は設備投資や役員報酬、株主配当に消えるのであって、結局は±ゼロなのである。
また株主とはつまり銀行などの金融機関と同じように、金貸ということだ。
そして金貸以外の人は労働でサービスや食料、文明の為に必要なものを作り、それで金を得る。しかしここで問題になるのは金貸とはなんぞや、ということである。お金とは文明が成立しなければ何の価値もない。 無から富(つまりサービスや宝石芸術など、そして何より食料を得る方法なのである)そして金貸は思考力以外に体を動かすなどの労働は全く必要ない。
つまり金貸とはもっとも簡単に富(主に食料)を得られる仕事なのである。それを主にするのが、最も頭のいい人種、ユダヤ人と言われていて、世界に影響力を持っているので主張はできないが、他民族に嫌われやすい人種である。ホロコーストもつまりそういうことだ(※それを肯定するわけではない)
金の元手は古代より現物取引されていたように食糧である。
富(金)は結局のところ人間にとって絶対に必要なもの。つまり食糧に帰結する。第一次産業が言葉通り原点なのである。
富の根源は人間に絶対に必要なモノ、つまり食糧である。万物は流転するため、長い時間をかければそれに限りはない。しかしエネルギー資源をエネルギーとして使った場合それは無くなるのでないのか。だとするならば、食料は持続しても電気やそれに伴うネットなどは数千年後には使えなくなるのではないか。
地球温暖化など、そもそも人類が生き残れるかがまず怪しいが、数千年後に人類の文明は原始時代に戻るのではないか。
つまり人類にとっての課題とは、変わる地球環境に適応できるように進化するか、科学によって生命を維持できるように科学を持続的に使えるようにすること。つまり消費したエネルギーをエネルギー資源に戻すことであるのか?
また高知能生物としてのプライドを守るのであれば文明を、保つためにもである。
孤独の是非
ここ一週間両親が帰省しているのですが、もう寂しくなってきて、
は呪われる
笑わないと同じくサブタイトルがなく、類似点が多い。
歪曲王と同じくその時点では普通の人が(逃げだしたようで其の実敵に立ち向かい)敵を倒すキーパーソンになったり。木下君ね。
時系列がシリーズ他作と比べてバラバラ度が高かったたり。
霧間凪が首を狙われたり。
あと竹田君は結構この世界の人間の理想像かもしれない。
進学校にありながら進学せず夢を追い、普通にとらわれていない。
世界の裏を知らず、無力だけどそれでも生きる。
宮下(ブギーポップ)が好きなだけはある。この二人の関係はどうでもいいように描かれているようでいて意味はあるのかも。
だから上遠野先生が理想としている若者も竹田君なのかも。
そして初めて?百合子さん再登場。彼女は殆ど意味もなく殺された人間だけど、ここで登場したことで意味が生まれた?のかな。